馬の糞茸



茸採りの日記を付けようかなと思い立ち、このブログを始めてみました。今年は、梅雨の不在、夏の激しい暑さと雨不足で、東京周辺の低山は、茸の出具合が、どうも不順でした。


10月に、カラカサタケ、コガネタケそして様々なテングタケの仲間を見かけました。こんなときは、標高の高いところは豊作なのかも知れません。これまでの今年の様子は、ぼちぼちと、振り返って書ければと思っています。


とはいえ、まずは、このブログを始める際、なぜか思い起こした小熊秀雄の詩から・・・・・・


なつかしい馬の糞茸よ
お前は今頃どうしてゐる
馬の寝息で心をふるはせ
馬小屋の隅で
ふしぎに馬にもふまれず
たつしやにくらしてゐるか、
春だもの、
みんな心をふるはしてゐるだらう
お前の友だちの土筆はどうした
ひよろひよろした奴であつたが
気だては
風にも裂けるほどの
優しい奴であつたが、
蝶々は相変らず飛んでゐるか、


なつかしい馬の糞茸よ
僕は都会にきて
心がなまくらになつたよ
靴をみがくことと
コオヒイをのむことを覚へたきり
なんの取柄もない人間となつた
馬小屋から馬をひきだすとき
奴は強い鼻息を
私の胸にふつかけたものだ
都会では私の、
胸のあたりに鼻息を
ふつかけにやつてくるものは
悪い女にきまつてゐるよ
こ奴は私の胸にしがみついて
――あんた支那そばををごつて頂戴、だと
卑しい卑しい白粉臭い都会
私は田舎の土の匂ひがなつかしい、
しかし、「都会では私の、/胸のあたりに鼻息を/ふつかけにやつてくるものは/悪い女にきまつてゐるよ」なんて書いているけれど、小熊秀雄はずいぶんと女性関係がいろいろあった悪い男だったはず。


しばらく前に、練馬区立美術館で小熊秀雄展をやっていました。なぜか長谷川利行の作品と並んでいる展示室があって、ことばを話す画家と話さない画家という対比(これは私が勝手に対比させたものです)が目立ちました。靉光の作品もあり、見応えがありました。